散文的

何か他人と違うことをする。もしくは今までに誰もやったことのないことをする。

そんなことができたら、大変に素晴らしい。だがそう言ったことは何も思いつかない。

ただ同じことを繰り返し、繰り返し、喋ったり描いたりするだけで、独創性もなければ芸術性もない。

プロっていうのは難しい。散文的な文章を書く。それだけで精一杯だ。

 

機械がなんでもやってくれるから、俺は暇を持て余して、だらだらとしょうもない散文を書く。先鋭的でもない。攻撃的でもない。マイルドな心で平和でも歌おうか。

 

繰り返しがダメなら古典落語なんぞはもう死んでいるはずなのだが、演者によって同じ演目でも趣が違うので、古典落語も廃れないのだろう。

そういう意味ではジャズのスタンダードも同じだ。ジュリー・アンドリュースの「My favorite things」とコルトレーンの「My favorit things」とゴンチチの「My favorite things」では趣もなにもかも違う。

だから模倣であっても、自らの芯があればそこには自然と独創性が生まれるはずだ。

まずは芯を持ち、ブレないことが大切なのだろう。