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十分の一税

今週のお題「もしも100万円が手に入ったら」

ローレンス・ブロックの小説の主人公マット・スカダーは初期の頃

報酬が手にはいると必ず教会に行って十分の一税を納めていた。

そしてキャンドルをともしていた。

現在はローマカトリックでも十分の一税は義務ではない。と言うかそういう

習慣があったことを知っている人がどれだけいるのだろうか。

キリスト教圏はもとより海外に住んだことがないのでよくわからない。

100万円が手には入ったら、僕は十分の一を寄付するだろう。

なんて言うことはたぶんない。だけどその100万円がどこからきたのかで

使い道はだいぶ違ってくる。マット・スカダーは溜まっていた養育費を元妻に送り

電話をかけ、遅れがちなことを謝っていた。そして気まずい思いをして電話を切っていた。そして教会に足を運び何ドルか寄付をしてキャンドルをともし、気分を落ち着けていた。

もしギャンブルや宝くじで100万円が手に入ったら、家電やロードバイク、プチリフォームなんかでパアッと使うだろう。

でもそれが親父の遺産みたいなものとか、母親がこっそりためてくれた俺の定期預金とかだったら、半分ぐらいは親のために、その時親が死んでいたら、子供のために全部使うだろう。

もしそれが俺が書いた小説が何とか賞とかもらって、その賞金ならばもっといい小説がかけるような何か先行投資的なことに使うに違いない。

嫁がへそくりしてて、それを俺にくれるって言うなら俺は嫁のために何かしら買うだろう。服、アクセサリー、鞄、それとも二人でのんびり温泉でも泊まろうか。

もし見知らぬ親切な人が俺に100万円くれるなら、俺はその時は教会に十分の一税を納めよう。そしてマットと同じようにキャンドルに灯をともし、誰かのために祈ろう。なぜそんなことをするのかわからないと、マット・スカダーも言っていたが。