雨のち晴れ
今朝雨が降っていて、それが本降りで、びしょ濡れになった。今は止んで晴天だったが、こういうときは、うえに羽織るものに困る。帰りに寄るカフェは冷房が効いていて、少し寒いんですよ。だから、いつもはジャケットを着ているのですが、雨の日は帽子もジャケットも置いてくるので、合羽を着て作業しなけりゃならん。まことに遺憾である。
嫁が今のパートを辞めて、新しく違うところで働こうとしている。キャパが越えたと言っていた。:もう無理だと言った。それはどういう意味かわからないけれど、金銭的に限界なのだろう。俺の給料だけではやっていけないし、これから増える予定もない。なんせ俺は、ろくでなしのおっさんで、お金を稼ぐことにかけては、さっぱり才能がない。俺は働くことができない、わけじゃないが、誰も俺の言うことを聞かないだろう。
雨に降られて、今は晴れて、それから僕たちはどこに向かって、旅立つのか。
苦しい日々が続く。助けて欲しい。そんな言葉を投げかけられたら、いいのに。
純粋
純粋な人はどんな人。田舎で育っても、今はテレビもあるし、インターネットもあるし、地方の方がより情報が増幅されて、こちょうされた人々になるような気がする。苦労知らずで育っても、やさしさがあるとは限らない。そもそも純粋だから優しいとも限らない。
優しさは可笑しさの反対だと思う。自分や他人の異常な行為が笑いの元であるなら、優しさは異常さとは相容れないものだ。だけど、人はおかしさを求める。わざとおかしな事をしたり、そういった行為が仕事になっている。
俺はもう静かな日々を欲しいている。無意味な笑いはいらない。でも笑顔が必要なんだよ。みんなには。俺がそれを生み出そうとしているのか。
久しぶりに宮沢賢治の『告別』を読んだ。俺に空いっぱいの光が集められるだろうか。
不用意
不用意な発言で困ることが多々ある。それは僕だけに限った事じゃなく、えらい政治家さんから、くっそたれの上司までいろいろあって、あとあと面倒になることも多い。だけれども、僕みたいな半隠遁生活者ならともかく、政治家やえらい経営者などは、揚げ足を取られるのが仕事みたいなもので、そこは頭の回転と、度胸、空気を読む力で乗り切るしかない。
俺はおしゃべりで、一日中話していたい人間だけど、それがまたいろいろと問題が多いので、最近は黙っていることが多い。そしたら俺はどんどん無口になって、いてもいなくても同然みたいな感じ。
俺は物事の文化的側面がすきなのさ。頭の回転も速くない。静かに、時にはハードなロックを聴いて過ごせればそれでいい。
誰かに
心を開くことをしなくなって久しい。寂しい話だが病気は何もかも変える。それはそうだ。生活をすべて変えてしまった。長嶋さんもつんく♂も表舞台に出てこない。
隠遁生活が板についてしまうのだ。別にやましいことがあるわけではない。言ってみれば、俺が何かをするとみんなが必要以上に気を使うのだ。それがもう面倒なのだ。俺は病人だが、気を使われると面倒な気がする。しかし、それと同時に他者のお世話になって生きていくことを余儀なくされた存在でもある。
介護がいるわけではないが、人並みの仕事ができない。しにくい、そしてインターネットの存在だ。俺は必然、他人と距離を取り、うまくいえないが、ストレスコントロールをしている。何もかも極端になり、ルールが複雑になり、人生をもてあそばれてしまう。
何もかも簡単にすればいいと思うんだが、正しい答えという理想がみんなの中に蔓延し、多数派が力を持つ。そんなばかばかしい世の中になった。
何か書こうとタブレットを立ち上げれば、愚痴ばかりになる。笑顔が足りないよ。笑顔が。
明日も走ろう。変なことにはならないよ。俺は陰になる。
言葉
文章を書く、誰かが読む、俺はまた書く
こんなちっぽけな人間にも時々は言いたいこともあって
感情の揺れを素直に書こうと思う
今は病気であんまり元気じゃなくて
それでも面白い話や、バカな話が書けたら
みんな笑ってくれるかなって思う
そんな話を思いついたら僕にこっそり教えておくれ
速達でもメールでも笑顔になる文章を書きたいんだ
今月の訪問者が100人を越えたと通知があった
ネットの向こうはどうなってるのか知らない
誰かが読むのか、それとも嘘っぱちなのかわからない
どうでもいいことだ、芥川賞が欲しいわけじゃない
少々のお金がいるのはもうしょうがない
俺はちょっと面白いなと思ったが、たぶん誰にも理解してもらえないので
黙っていた、こんな話、20年前の僕なら、とても面白いと思ったのに・・・・・・
スマイル
最近怒ってばかりで、だめだなって思う。もっと笑わなきゃ、笑ってあげなきゃいけないのに、幸せが逃げちゃう。最近上白石なんとかのミニアルバムを借りたら、SMILEという曲が入っていて、それがとっても心にしみるいい曲で、なんていう曲なんかなって思って調べたら、チャップリンの映画の曲で、ナット・キング・コールが歌っていて、歌詞を調べたら、今の僕に必要な曲だったので、必要なというのは間違ってるかもしれない。
悲しみを隠してくれる、傷を癒してくれる、それは自分が笑うことだという、難しいことを言う。
君がおかしなことを言えば、僕は笑うよ。それが一番嬉しいんだ。
もしもピアノが弾けたなら
今週のお題「もしも魔法が使えたら」魔法が使えたなら。範囲が広すぎる。ほとんど神様みたいなこともできるし、それこそ「ハリー・ポッター」のような限定された世界で、限定された魔法でと言うこともある。
何度も使えるのか一回限定なのか、時間限定なのか。条件がむつかしい。それもコミのお題なんだけど、なんだか思いが広すぎて・・・・・・。
これはあんまり言いたくないというか、望んだらあかんのかもしれんけど、病気を治したい。勿論自分の病気もだけど、他人の病気も治したい。魔法を使う以外に僕の病気を治す方法はないのさ。
「ハリー・ポッター」の世界では死も病気もある。ただ人間の病気とは違うものだ。
恋をする。そんな魔法も良いかもしれんが、おじいちゃんにはちょっと、ナニかもしれんね。
魔法で何でもできるというのは、それは神様のすることだから、やっぱりピアノかギターが弾けるようになるって言うのが楽しいのかも。レイ・ボーンぐらい弾けたら最高なんだけど。