書きたいこと

先日亡くなった小林麻央さんについて、小田嶋さんが少ししゃべっていたのと、中国でノーベル平和賞をもらった劉暁波氏がガンで死去した件で少し思うところがあり、今日は今週のお題でもやっつけようと思っていたところを変更して、少しつぶやいてみる。

小田嶋さんは闘病中の人間が持つ、シンプルさ、余計な物を選べない状況について、また生きること、それを書き残すことのシンプルな文章についてとても良いブログだったと言ってました。僕は小林さんのブログは読んだことはありませんが何となくどういうものかわかります。

僕も失明して入院している間、同じような文章をスケッチブックにマジックで書いていたから。自分では読めなかったけれど、たぶんこう書いてあるだろうという感覚で書いていた。内容は今の病気と切実に向き合い、治るのか死ぬのか、見えるのか、見えないのか、これからどうするのか、子供のこと家族のこと、それらを赤裸々に切実にかいていたからだ。そこにはなんの飾りもなく、不安、希望、悲しみ、喜び、それらがストレートになってない交ぜになって、ぶつけられていた。

劉暁波さんのことは今回のことで初めて知った。いろいろプロフィールを読んでいると、とにかく中国の民主化のために尽力したことが伝わってくる。「私には敵はいない」単純にその言葉だけでも、彼の人柄が伝わってくる。政治犯として何回も中国共産党に捕まりながら、敵はいない、として反体制ではなく非体制として行動していた、と聞く。自分の力の大きさ強さ、そして知恵の使い方をよくわかっていたのんじゃないだろうか。

とにかく僕はこの二人に共通するであろうなにかを感じた。憎しみという概念がこの二人からは見えてこないのだ。あくまでも懐の深い愛情豊かな人たちで、僕は見習いたいと思う。