キャッシュレス

いつも行くカフェのチャージ式プリペイドカードを買った。もう通い始めて4年ぐらいになる。ずっと現金払いで通してきたのだけれど、とにかく子供達が学費のかかる大学に行くらしいので、少しでも節約できるところは節約しようと、親父なりに頭をひねっているのだ。

 

常連と思われるのは恥ずかしいものだ。常にきちんとしていたい。店員さんに馴れ馴れしく話しかけたりしたくない。おれはコソコソと生きているのだよ。

三者面談

むすめの三者面談についていった。来年は大学に進学予定なのだがしっかりと勉強しているのかどうか、塾も行ってないみたいだし。

いってみれば、そんなに偏差値の高い大学じゃないし、それなりに勉強したら合格はまあできるというか、大学も行ってからの空気感みたいなのも大事なので、ファミリー感のあるもっさりした大学に彼女は行きたいのだろう。

心配は尽きない。しかし心配なのは彼女だけじゃないだな、これが。

立て看板

こうして全世界に発信し公開している以上、誰に何を言われても、何を書かれても、文句はない。なるべく言わないでおこう。ほっておこうと思っていますが、母の日の記事にスターをくれたのが宣伝ブログの二人だったので、なんとも言えない気持ちになっています。

 

こんなことが続くようなら、引っ越しも考えようと思っています。俺もだいぶ毒が抜けて、落ち着いてきたので、SNSは卒業するのが良いかもしれません。

オヤジ

今週のお題「母の日」

普段は嫁が贈り物をして俺は、我関せず的な感じで母の日は過ぎていくのだが、昨日は母親の誕生日でもあったので、とにかくいつも世話になっているし、嫁に促されて電話をかけた。

たわいのない話をして切った。俺はそういうのは苦手な内気で人見知りなオヤジなのだが、昭和のオヤジというのは元来無口で、無愛想というのが相場だったのだが、時代に流されてしまって、こんなクソオヤジでさえ、電話をかける。

 

とにかく感謝してます。また絵ができたら贈りますから、それもまた飾ってください。

沖縄料理

絵を見にいった帰り、沖縄料理の店でお昼ご飯を食べた。

嫁は何がしかのワカメみたいなスープのそば、俺はタコライス定食を食べた。俺はタコライスというのをタコが入っている海鮮系の定食だと思っていたんだ。

だけど実際に食べたのはタコスとご飯の合体したもので、美味しかったのだけれど、タコは入っていなかった。

プロジェクターでライブをやっていて、HYマイラバ斉藤和義とBEGINが流れていた。知らないバンドもあったが、どういうくくりで流れいるのかよくわからなかった

フェルメール

昨日フェルメールを見に言ってきた。

お土産に缶バッチを買った。ガチャガチャだったので引きが悪い俺は、一番どうでもいい初期の頃の作品の缶バッチを引き当ててしまった。

せめて牛乳を注いでるやつとかにしてほしいが、無理だろうね。

心のずっと奥の方

まず常識というのを疑ってかかるところから始めましょう。

今僕たちが過ごしている文化なり倫理観というのは戦後アメリカに押し付けられた、アメリカファーストの経済観念であり倫理観なのです。そしてその文化を成熟させ、煮詰めて濃縮したのが現代の倫理観、もしくは文化なのです。

僕らは昭和の終わりから平成にかけて、色々な映画やドラマをテレビで見てきました。それはとてもソフィストケイトされた代物で、現実ではあり得ないような、設定だったり展開だったりします。しかしそれが日本人全員の心に染み込んだ瞬間それは、現実可能なおとぎ話になり、その虚構の世界があたかも正しいような気になってしまうのです。

 

僕は若い頃、好きな人がたくさんいました。若い頃はもてたので何股もしようと思えば出来ました。みんな同じように好きだったから、誰か一人に決めるなんてできなかったのです。

当時僕が読んでいた小説にこんなセリフが出てきたことがあります。

「人を死ぬほど好きになるってことが、そんなに悪いことだろうか」

ただこちらが一方的に好きになるのは苦しいだけかもしれませんが、心の中で誰かを好きになる、そういう存在が何人もいる、それが悪いことだと僕は思えません。

俺は誰かの所有物ではないですし、好きな誰かも誰かの所有物ではないと思います。

 

長くなりました。ジジイのたわむれだと思って聞き流してください。