腹を割って話そう

文学賞に落ちた。正直なところショックだ。半年かかってコツコツ積み上げた作品が評価されなかったのは、とても精神的にこたえる。しかし、文学とはむしろそういうものだという気がする。落ちてこその小説だから、いいんじゃないか、と自分を慰めてもいる。

 何のために書いているのか、それはお金がほしいからだともいえるし、名誉がほしいからだともいえる。子供になにか伝えたいものがあるし、親父は変わった奴だったって、でも頑張ってたって思ってほしい。いろんな意味を込めて長々と書いているわけだけど、文学賞はほど遠いのか、とにかく完成させるほかない。

一番怖いのは独りよがりになることだ。俺はとにかく周りがみえないので、嫁に相談しながら書いてきたけど、それでも自己満足の域を出ないつまらないものを書いてしまったのかもしれないという思いはある。

後はモチベーションの維持だね。書き続けることはたやすいことだけど、先のない話を書き続けても・・・・・・。

やっぱりそこで原点に戻るのよね。書く理由。小説を書く理由ってなんだ。そもそも俺は何を伝えたがってる。難しいことじゃないじゃないか。

父親

大切な日、誕生日、記念日

そういった日を大切にするのは良いことだと思う

だけど、父親は仕事人でもあり、男であり

人間は一つの存在ではあり得ない。家族は大切だけれど

心はちぢに乱れ、さまよい、家に帰るのを躊躇する日もあるだろう

心が疲れている日もあるだろう。それでも、酒を飲み、憂いを洗い流し

一所懸命生きていく、そんなお父さんに共感できないのは

心が貧しいとしか思えない。牛乳石鹸のCMが問題になっているらしいが

日本はキリスト教文化の国ではないし、電通博報堂が作り上げた国でもない

記念日が大切なのは、ハリウッドとケーキと百貨店と、ドラマの中だけだ

昭和生まれのオッチャンには、男のための男の生き方がもう存在しないように思える。

ください

ください、少しだけでいいのです

そんなに難しいものじゃないです

僕は優しくないかもしれません

ですが、いい人間であろうとしてきました

良いのか悪いのかよくわかりません

面白いことがしたかったのです

楽しいことがすきなのです

僕にはチャップリンの言うところの

スマイルが必要なのでしょう

皆が僕をひどい病気のように扱うのです

そしたら僕はまるでどえらい病人のように

自分のことを思ってしまって、何ができるか

なにがしたいか、よくわからず、ただ闇雲に

突っ走ってしまって、見事に転ぶのです

僕にください、閉じこめられて、暗いとこは嫌なのです

明るい太陽の下が良いのです

僕には、なにもありません、いまは

少し前までたくさん持ってたような気がしてたのですが

みなさま優しくしていただき、ありがとうございます

きっとランカシャーには今でも穴があいているのでしょう

ツールドフランス

2017ツールドフランスを見終わった。今年は全ステージ、スタートからゴールまで全部生放送立ったので、全部見たわけじゃないけど、それなりにがんばってたくさん見た。スタートから見るとアタック合戦がある日は最初の盛り上がりがあって、どうなるどうする?みたいな感じになるけど、今年は平坦ステージの最初の方はファーストアタックがそのまま決まったりして、30秒でアタックが終わる日もあった。だからそういう日は6時間ぐらい、まったりしたレースになって、ラスト10キロで逃げを捕まえて、そこからスプリンターチームとか総合系のチームとかが位置取争いがあって、最後200メートルでスプリンターが発射して終わりっていうレースがあった。だからラスト10分でいいやんって思う。6時間も見なくても。それでも実況解説陣が話をつないでくれて、退屈しないように裏話や興味深い話でレースを盛り上げてくれる。嫌いじゃないけど、やっぱり途中で眠たくなって寝てしまって、最後の山場だけ見ると言うこともありました。

クリス・フルームが勝ったね。今年はあんまり調子が良くなかったみたいだけど、うまくまとめた感じ。ウラン、バルデも頑張ったけど、総合力ではフルームにはかなわなかった。山岳ではリッチー・ポートが一番良かったみたいだけど、途中リタイヤしてしまって、もっと山岳バトルを見たかった。今年はサガンバルベルデなど有力選手が早々にリタイヤしてしまって、少し薄めのツールだったかもしれませんね。

電動アシスト

以前カンチェラーラがあまりにも速いので、電動モーターのメカニカルドーピング疑惑をかけられたことがある。そのときはそんなアホな話あるかい、と思ったが去年女子のシクロクロスで、実際にメカニカルドーピングがあって、ベルギーの選手が失格になったらしい。

物はシートポストに収納されてアシストするタイプで、バッテリーもシートポストに入っていたと記事に書いてあった。その選手は比較的優秀な選手で、これは友人のバイクだと言った。

メカニカルドーピングって雲を掴むような話だと思って思っていたが、電動アシストも軽くなって、勝負所だけ使うとかになれば、実用的なのかもしれない。

それにしてもだ。勝つということはどういうことだ。人間の根元には敵を倒すという本能があるのだとは思うが、その闘争心が俺にはあまりない。敵という考え方自体が希薄で、時に敵は味方になり、他人になり、見知らぬ人になる。

坂道と戦うこと自体が好きなのだと思う。電動アシストを受けて走っても、俺の心はなんだか不完全燃焼になるだろう。夏の汗、蝉の鳴き声、チェーンのなる音、自分の息づかい、僕が愛していたのは、山の中で自然と渾然一体となり、自分が何者でもなく地球の一部に解け合うことだ。

ビール

今度からビール禁止になりました。嫁が誰もビールなんて飲んでない、といった。ビールなんて飲んでいるのは、少数の裕福な家だけだそうだ。俺はもうどうしたらいいのだ。ビールを奪われたらもう、人生の三分の一失ったも同然だ。誰かが発泡酒というクソみたいなものを発明し、誰かがそのついでに雑酒というものを発明した。

そしてビールという文化が滅んだ。税金のせいでまがい物の酒を飲まされる。ドイツやベルギーじゃ考えられないことだ。誰も彼も文化を壊して、マッタイラな世界を築こうとする。

俺は庶民で、今でも庶民で、名誉も、金もない。それでいいと思っているが、貧すれば鈍す、心が貧しくなる。そうならないように清貧でいるためには、やっぱり少しのお金が必要なのだ。

何もかも失わないように、お金は怖い、人を変えてしまう、俺は病気で少し変わってしまったが、我慢すべきならば、我慢しよう。俺の一番得意なことは、我慢することだ。20%の勾配の坂を後ろのギアを23で登ってたときみたいに、ギリギリと歯を食いしばりながら、少しづつ登っていくのだ。

Oh、baby、それでいいだろう・・・・・・

走って飲んで、また走って

自分がどんな文章を書くつもりなのか、わからないまま書きつづっていると、思わぬ方向に話が進んで、みんな訳わからん感じになる。

今日は一時間走って、それでも少し余裕があって、帰ってきてソラナックスとプロチゾラムを飲んで撃沈して、その延長線上にいる。俺の師匠はラリりだったから、いろんなものを処方されていたけれど、現実に対応するにはいっぱい薬のんで、らりりでテレビでて酔っぱらって、それでも世間様は温かい目で見てくれたというか、それだけ人望と才能があって、ハゲの文化人みたいなこともなくて、傷だらけなんだか、酔いどれなんだか、オッチーではあったけどね。文学賞って難しいよね。

心安らかに過ごせる日々なんてこないけど、ケミカルなくつろぎで心の一部を埋め尽くそうと思う。

そういえば俺は10月に漢検を受ける。四級にした。勉強しなあかん。それが俺のためにならなくても、ええねん。俺はたくさん感じを覚えて、きれいな字を書いて、それで美しくなるんだ。