久しぶりに難波にきた

久しぶりに難波にきたら何もかも変わっていて、訳が分からない。ジュンク堂ドン・キホーテになっていて、俺は買いたい本があったから12分ぐらい歩いて、JRの難波の駅の方にできたジュンク堂まで行ってきて、今戻ってきてカフェでコーヒーを飲んでいる。俺はこれから難波で友達とご飯を食べるのだ。

7時半に待ち合わせ。あと三時間ある。

あんまり遅い時間に外にでるのは嫌だし、一人で知らない街にきて、時間をつぶすのもなにかしら、鼓動が早くなりパニック症的な感じに近づく。

そういう意味では病気は僕にひどい爪痕を残してしまったが、それでも何とかやっていくしかない。ところでここのカフェの照明がアホみたいに強すぎて、頭がおかしくなりそうだ。まぶしいというレベル超えている。イライラとさせる原因がここにもある。

昔はミナミで待ち合わせで、時間をつぶすとなると、ジュンク堂で足が痛くなるまで、立ち読みして軽い読み物なら、一冊全部読み切るぐらいの勢いで、居座っていて、というかジュンク堂自体が待ち合わせ場所だったことも多い。

ノラ・ジョーンズを流しながらリラックスしようとしているが無理みたいだ。ソラナックスをもってくれば良かった。むかしドラマで見た取り調べ中に、卓上ライト当てられてる容疑者みたいになってきた。

移動した。200メートル先の別の会社のカフェに移った。

相変わらずどきどきしているが、ここは落ち着けそうだ。パーソナルスペースが多いし、椅子がいい。

難波で買い物してご飯食べて帰るのが大冒険になるなんて、夢にも思ってなかった。

今日も無事に一日が終わりますように、できれば少しだけ幸せな気分になれたらいいな。

 

言いわけ

最近忙しい

だから何も書いてない

というのはただの言いわけで

テレビを見る時間はあるし

スマホをいじって

あれやこれやしている

飽きたのかなと思う時もあり

自分の怠惰な部分に嫌気がさす

今がピークとはいえ、

1日15時間はなんぼなんでも、働きすぎであると思うのだけど

そのおかげで家族がなんとか成立しているなら

お父さんとしては頑張らざるを得ない

しかし精神的文化活動をしなければ

心がすり減って生きていくのが

窮屈になるばかりで

味気ないじゃないか

山のふもとの小さな小屋で

雑種の犬と暮らしてみようか

ステキな歌を思いつくだろう

腰について

俺は運動をしているし、鍛えているからぎっくり腰にはならないだろうと、過信していた。

昨日いつものように仕事をしていたら左のわき腹あたりに、何かしらの、違和感を覚えた。それは屈むと再発し、俺に良くないメッセージを送ってくる。それ以上ヤバいもの持つんじゃないんだぞ。そんなメッセージだ。

俺は比較的ハードな運動を何年も続けていて、今までこしに違和感なぞ、覚えたことがなかったので、俺はまあ大丈夫だろうと、根拠もなく思っていた。

数年前おやじがヘルニアで入院し手術をした。なんだかいつも元気な親父なのだが、そのときは非常に怖がっていて、全身麻酔をすることが怖いようだった。睡眠薬も痛み止めも嫌がっていた。そんな親父を見るのは初めてだったので、なんだか調子が狂ってしまった。面白い本を貸してくれというので、フザケて高田純次の本を貸した。面白かったのかは不明。

性行為については今のところ問題ないだろう。まだ試していないし、試す予定もないが。俺の腰の状態なぞ誰も気にしないだろう。それは自意識過剰っていうものだ。

若かろうが、歳いってようが、こしをわるくすることはできる。吉田拓郎の歌を聴けばいいのさ

マニア


f:id:samuiottyann:20171113212046j:image久しぶりに激坂を上った。俺はアホなのかも知れないが、激坂を堪能すると幸せになるのだ。

志明院にいった、昨日。京都の北、少し上ったところ。途中までは5~6%の上りが続き志明院までのわき道に入ったところで、10%越えの激坂が登場する。

俺は久しぶりの激坂に脳と筋肉をたぎらせた。激坂マニア以外にこの感動は伝わらないと思うけど、きつい坂になればなるほど、むしゃぶりついてしまうのだ。

前がトリプルで後ろが32だから前後比が1を切ってて、クルクル回すのだけれど、なかなか進まず、それでも過去の栄光を引きずって、決して足はつかずに上りきる。良い坂だ。世の中に坂がなければ、俺は生きる楽しみがない。

そんなにバカなのに自転車にあまり乗らないのは、けがをたくさんしてみんなから、自転車に乗るなっていわれてるのと、自分でも病気のせいで目があんまり良くないので、危険だと思う事が多々あるのと、下り坂が特に危ない気がする。地面のでこぼこがあんまり見えないので、ハンドルを取られて、こけるのだ。

上ればくだらなければならないので、あんまり上らないようにしている。

志明院は鴨川の源流の一つといわれているらしい、滝もあって、拝観料は300円。

坂を人生にたとえるのは無粋かもしれんが、とにかく激坂はゆっくり上ることだ。足をつくかつかないかのスピードでゆっくり上ることだ。そうすればちゃんと最後まで足を着かずに上れる。途中で足をついてしまうのは大概の場合、早く上りすぎて足がいっぱいになってしまうからだ。時間をかけてゆっくりとちゃんと上れば、多少難しい事でも何とかなる。俺はそう思う。

とにかく坂はいい。ごちそうさまでした。

ニュースを見ると

俺は真面目なのかも知れないが、ニュースを見ると悲しかったり、腹立たしかったり、やりきれない思いをすることがある。皆どういう風に思っているのか知らないが、自分に関係ないとあきらめているのだろうか。

それとも普通に怒ったり悲しんだりしているのだけれど、俺がそれを知らないだけなのだろうか。皆ツイッターとやらでつぶやいているのだろうか。

昔マット・スカダーが新聞記事で傷ついていたことを思い出した。ニューヨークの話。おばあちゃんがとあるおじいちゃんと仲良くなったそうだ。ある日そのおばあちゃん家の玄関の前にテレビが置いてあったそうだ。おばあちゃんはその最近仲良くなったおじいちゃんのプレゼントだと思って家に持って入り、コンセントを差し込んだ。するとそのテレビは爆発したんだそうだ。そのおばあちゃんはもちろん木っ端みじんで即死だ。

保険金殺人でもなんでもない、ニューヨークの日常で誰がなんのためにそんなことをしたのか知る由もないが、マット・スカダーは傷つき、酒を飲みたい衝動を抑えようとする。

知らない人の為に書くとマット・スカダーはアル中で禁酒している。一度飲み始めると連続飲酒してしまい、病院行きになる。そんなマットはニュースを読み悲しみをごまかすために、飲みたいと思ってしまうのだ。

新聞なんて読まなけりゃいい。と禁酒仲間からアドバイスを受ける。誰が死のうと関係ない。君が飲まないことが一番だ。と仲間は言う。マットはその後こう一人ごちるのだ。

「俺は世の中に関係していて、世の中で生きているのだ」

中二病っていうのか。子供っていうのか。でも筋の通らないはなしに悲しい思いをするのに、それを簡単にやり過ごせるようになることが大人になるって事なら、俺は今すぐ詩人を辞め、日経新聞をとり、ファイナンシャルプランナーの資格を取って、お金儲けのことだけを考えて生きるだろう。

だけれどもいろんな事を引きずって、いつまでもくよくよ、メソメソしてても何も始まらないのもわかっている。俺はただの詩人で、中年で、貧乏ったれだ。何様でもない。

風呂入って晩飯食って、歯を食いしばって寝るだけだ。

ノーベル文学賞

去年も確かこの時期ノーベル文学賞の記事を書いたような気がする。ボブ・ディランノーベル文学賞で少しもやもやしたからだろう。今年は文学者然としたイギリス人カズオ・イシグロ氏が受賞した。

いかにも日本人のような名前からわかるとおり両親は日本人で長崎生まれ、5歳まで日本に住んでいたが、父親の仕事の関係で英国へ。二十歳で帰化して英国人になった。

彼の本を一冊も読んだことがない。自称読書家の私としては、イシグロ氏のメインの出版社がハヤカワ書房であることから、日々書籍は目にしていたが、俺の守備範囲から少しはずれているような気がして、手を出したことはなかった。

この度彼がノーベル文学賞受賞してその書籍の内容が伝わってきて、目さえよかったら読むのになと、ミーハーな心がむくむくと持ち上がった。日本に縁があるものとして、興味をそそられるのだ。

もう一度奇跡が起こって俺の目が元通りになり、昔のようにいつまでも本を読むことができれば、俺は俺のもってるほとんどの物をあげてもいい。

また、かなわぬ願いを書いてしまった。いいかげんあきらめの悪い男だ。

テレビっこ

小さい頃からテレビを見て育った。八時だよ!全員集合。ひょうきん族、ベストテン、トップテンなど。引きこもりの時は深夜番組と、深夜のBSNHKのアメリカ4大スポーツを見ていた。結婚してからはバラエティー番組ばかり見ていた。自転車にはまってからはサイクルロードレースの生中継。

めちゃイケが終わるって聞いた。22年間続いた。ひょうきん族ごっつええ感じもそんなに長くなかった。俺とナイナイは同世代で実家も隣の駅とかそんなんだ。だから親近感がある。

お笑い番組を長く続けるのは難しい。比較的長く続くのはトーク番組とかクイズ番組だろう。テレビの笑いは消耗品だ。常に新しさが求められ、時代とともに変化していく。最近はポットでの芸人が一年持たない場合が多い。それだけ時代の波や情報が移り変わっていくのだろう。

目の病気をしてからあまりテレビ自体を見ないが、めちゃイケだけは見ていた。お笑い番組を見て笑うという事はもうないが、みんなが言うとおり近頃のテレビは角がなく、おもちゃのナイフのようにつまらない。

 その原因とやらもみんなが書いているだろうから、俺が書くまでもない。誰も責任なんてとりたくないからね。

その一方で竹山が72時間テレビに出て、ネットテレビは新しい時代に入ったと思う。とたまむすびで言っていた。俺はその72時間テレビとやらを知らなかったし、見てないがアメリカみたいに地上波が廃れ、ネットテレビが普及し淘汰されながらも隆盛を誇っていくのだろう。

うまくいえないのだが、俺たちの時代の一部が終わったのだ。もちろん全部が終わったわけではない。だけれども少しづつ俺の中の一部は消えて、または大きく変わっていく。俺たちの世代はインターネットに支配されて、それに対応できなければ、その世代のやり方に対応できなければ、恐竜のようにちょっとづつ滅んでいくのだろう。

俺はこんなブログを書いているが、インターネット世代に対応してるとは言い難い。俺の一部はめちゃイケとともに少し死ぬのだろう。それはそれでいい。この世界は常に変化し若い人たち主役になればいい。俺たちはハイテク機器を駆使し余生をのんびり送らせてもらおう。