雨の日は

雨の日は車を磨いて、という本を読んだことがある。誰の本だったかしら。五木寛之っぽい感じですよね。このタイトルからいって。アルファロメオとか出てきたような記憶がある。

むろん雨の日に車を磨くのは、屋根付きの大きなガレージを持っている人間以外は、誰もそんなことしようとは思わない。せっかくきれいにした車が黄砂、泥、なんかで汚れてしまう。せっかくの努力が雨で流れていってしまう。それは合理的ではない。

でもその磨く行為自体が好きなのだとしたら、雨の日に車を磨くのは正しいことだといえる。素晴らしくうっすらと汚れた愛車はさぞかし、また磨きがいがあるだろう。雨の中わざと車を走らせて、汚れをつけて、また磨く、そんなことをする人が世の中には時々いるんじゃないだろうか、と思う。

それが無駄のような気がする人はちゃんと天気予報を見ながら車を洗車するだろうし、あんまり何も気にしない人はそもそも車を洗車しないだろう。

昨日珍しく日曜だというのに家の近所のコイン洗車場がすいていたので、これはついてると思って、列に並んだら、嫁が明日からしばらく雨だからといったんだ。関係ないやとちょっと思ったけど、明日休みだから明日にしようかとも思って、Uターンしてコイン洗車場をでた。

何かをきれいに保つのは、僕ら家族の苦手とすることなのだが、ゴミ屋敷にならない程度にはがんばって片づけをしたり、掃除をしたりしてる。だいたいにおいて、俺の号令がないと誰も掃除や片づけをしようとしない。なんちゅう家族だ。これでは先が思いやられる。俺たちの老後はいったいどうなるのだろうか。

話がそれてしまった気がする。雨の日に車を磨き、晴れの日にはなにをしようか?やっぱり家で絵でも描こうか。