ニュースを見ると

俺は真面目なのかも知れないが、ニュースを見ると悲しかったり、腹立たしかったり、やりきれない思いをすることがある。皆どういう風に思っているのか知らないが、自分に関係ないとあきらめているのだろうか。

それとも普通に怒ったり悲しんだりしているのだけれど、俺がそれを知らないだけなのだろうか。皆ツイッターとやらでつぶやいているのだろうか。

昔マット・スカダーが新聞記事で傷ついていたことを思い出した。ニューヨークの話。おばあちゃんがとあるおじいちゃんと仲良くなったそうだ。ある日そのおばあちゃん家の玄関の前にテレビが置いてあったそうだ。おばあちゃんはその最近仲良くなったおじいちゃんのプレゼントだと思って家に持って入り、コンセントを差し込んだ。するとそのテレビは爆発したんだそうだ。そのおばあちゃんはもちろん木っ端みじんで即死だ。

保険金殺人でもなんでもない、ニューヨークの日常で誰がなんのためにそんなことをしたのか知る由もないが、マット・スカダーは傷つき、酒を飲みたい衝動を抑えようとする。

知らない人の為に書くとマット・スカダーはアル中で禁酒している。一度飲み始めると連続飲酒してしまい、病院行きになる。そんなマットはニュースを読み悲しみをごまかすために、飲みたいと思ってしまうのだ。

新聞なんて読まなけりゃいい。と禁酒仲間からアドバイスを受ける。誰が死のうと関係ない。君が飲まないことが一番だ。と仲間は言う。マットはその後こう一人ごちるのだ。

「俺は世の中に関係していて、世の中で生きているのだ」

中二病っていうのか。子供っていうのか。でも筋の通らないはなしに悲しい思いをするのに、それを簡単にやり過ごせるようになることが大人になるって事なら、俺は今すぐ詩人を辞め、日経新聞をとり、ファイナンシャルプランナーの資格を取って、お金儲けのことだけを考えて生きるだろう。

だけれどもいろんな事を引きずって、いつまでもくよくよ、メソメソしてても何も始まらないのもわかっている。俺はただの詩人で、中年で、貧乏ったれだ。何様でもない。

風呂入って晩飯食って、歯を食いしばって寝るだけだ。